神戸から、書家デビュー22年目のお正月
令和2年・2020年が明けました。
明けましておめでとうございます🎌🎍🎌
新年が穏やかな日々になりますように祈ります🌠
神新書道神戸発信女流書家小阪美鈴です。
今年の年賀状です。
良寛の漢詩に「無限の可能性に満ちている」との思いを、
「丸・三角・四角」の線で表現しました
⭐
1999年春に、お誘いを頂き初個展を開催しました。
あれから22年になるのですね~
そのお話をさせてくださいませ
⭐
↓初個展で、
この屏風を高名な評論家に思いがけずもご高覧賜り、
この屏風を神戸新聞美術評記事を掲載して頂きました
書家として初個展のファーストラッキーでした🌠
その時の様子をはっきりと覚えています。
個展開催前に、ギャラリーのオーナーが、
「美鈴ちゃん、文芸評論家に会ってみる?
興味を持たれたら評論して貰えるかも知れないけど、
お目に止まらない作品と思えば無視されるよ、どぉする?」
私は迷うも何もなく、初めての個展でしたので、
恐いものは何もなく考えず、
「行きます❗」と、
神戸新聞の文芸部へ、DMを持参して
ギャラリーオーナーと行きました
幸運にも在室されていた山本忠勝氏にお会いでき、
DMをお渡ししてご挨拶をいたしました。
数日後、個展中のギャラリーのドアが開けられ
フラりと、
その記者は現れました。
まさか来て頂けるとは思っても見なかったので、
オーナーもお客様も、
「あ、」って感じだったと思います
二階にこの屏風を展示していたのですが、
二階へ上がられ、
20~30分経過したでしょうか~
降りて来られないので、オーナーが、
「美鈴ちゃん、行ってみたら?」に、促されて二階へ~
山本忠勝記者のお言葉を待ちました。
最初に聞かれたのは、
「今までの人生で何かありましたか?
人生の転換とか、苦しみとか、ありますか?」
私は「宮司の父が一才未満で亡くなりました。
父は短歌会を主催し、小説を書いていたようです。
叔父から、『美鈴のお父さんの書いていた原稿があるから』と変色したわら半紙のような原稿用紙を渡されました。」と、
応えました。
今思えば、「初取材」でした🌠
お渡ししたDMに興味を惹かれた、と
お聞きしました
⭐初個展での初新聞記事掲載、
(これにより育ての父がショックで3キロ痩せた、との現実を見て、
『自分が新聞記事に掲載されるとは、こう言う事なのだわ』と
未熟な私はマスコミの反響・社会性を知る事になりました。)
⭐それも「文芸欄紙面」での「美術評」は
新人にとっては、身に余る光栄であり、
社会に認知して貰えるのです。
この屏風は、初日に、
私がギャラリー到着前に売約されていました。
記事が掲載されて、
ご高覧、ご購入くださった方にご恩返しができた~🖌️と思ったのを覚えています✨
このファーストラッキーがあるからこそ、
「書家」として、22年もの歳月を送っている、
私にとっては
「命の恩人」なのです。
その山本忠勝氏が昨年、亡くなられました🌠
今年の年賀状はありません。
暑中見舞、年賀状には、必ず短い文章で、
「宝の言葉」を遺して下さいました。
作品制作の糧として、
胸に抱き、
私も学び成長させて頂きました。
涙とともに、
永遠に、
「私の糧」として生きています。
天国の山本忠勝氏へ、
合掌
長文をお読み頂きありがとうございます💓
今年は令和2年、2020,初個展から22年目(^^)v
2が5つ😃
何かか動く予感~💪
今年も宜しくお付き合いの程、お願い致します💗
ほのぼの感、達成感を感じられる
あったかハートの一年を過ごしたい~💗🌷💓











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