2026年2月小阪美鈴の誕生月に、自宅にて新進気鋭のピアニスト高津小百合氏がピアノ講話演奏をプレゼントしてくださいます🎹 詳細は決まり次第お知らせいたします🔔🎀             兵庫県立兵庫津ミュージアムにて、兵庫城御城印🏯ご好評 発売中☆400円

(3) 追悼・母へ

8月28日は、母の誕生日だった。

生前は、マメに誕生日プレゼントをする訳でもなく、

自分の親不孝を今更ながらに、 「もっと、キチンとしておけば良かった」 と懺悔の念を覚える。

死んでからでは遅いわ!と、

自分の情けなさを悔いた。

実家へ向かうその日は、青い夏空だった。

運転しながら
「私を産んだ母が生まれた日」を
考える自分がいた。
母の誕生日に
思いを馳せた事があっただろうか・・・
自分のやりたい事ばかりに夢中になってきた~
「親」って
ありがたい・・・
焦点のない、
「生・の深遠・命」の幽玄、もや、かすみ
何故か
漱石の「草枕」の世界のようだわ
と、思う

一人で両親を祀ることになった妹が、

母の好物だった「竹虎」の上巻寿司、レンコン、ナス、リンゴ、出汁昆布などを祭壇に供えていた。
食に関して、
母はこだわりが強いと言うか、ちょっとヘンクツな処があった。
今で言う「食の安全」とも違うかなぁ~
お肉は食べないし~
おやつは基本「手作り」だったねと、
妹と母を偲んでいる。

父と建てた家の和室は、
八畳・六畳の回り廊下になっていて、「炉」がきられていた。
父は幼少の頃の思いの詰まった
武家屋敷を再現したかったのだと思う。
お気に入りの「我が家」から旅立てて良かったね。

大切な人、かけがえのない人が、当たり前に身近にいると思い込んでいることの傲慢さ・・・・・

母はいつも当たり前に存在していると、何の不安も持っていなかった。  この馬鹿さ加減・・・・・

人、否、私は、「当たり前」と、タカをくくりすぎていたと思う。

母がこの世からいなくなるまで、ある意味「ノーテンキ」に何不自由なく、甘え放題で暮らしてきたのかも知れない・・・・・

書活動でいつも「忙しく」している私に母はいつも、

「いい加減にしなさいよ、体をこわしたらアカンよ・」
と気遣ってくれた。
いつだったか、私の体調が良くない時、母は教室に付き添ってくれた。
その時母は、教室の隅で本を読みながら時間を過ごしていた。
そんな母だった。

若い頃は短歌にも親しんだらしい。
亡くなる数日前までの日記も遺されている。

8月29日、ひと月の休暇後、初めての書道教室の帰りに、御影のなだ番に寄った。

「なだ番」は、東京ミッドタウンの超有名店「HAL YAMASHITA 東京」のルーツ店である。
この日も2F,3Fとも満席であった。

HALさんのお母様であるR子さんが、温かく迎えてくださった。

母の死を伝えると、涙ぐんでくださり 

「やっと一人前やね」と言った。
「やっと一人前・・・・」  涙が溢れた。

この言葉に救われた・・・・・そんなとらえ方もあるんだ・・

そう、「やっと一人前」なのだ・・・・・ そうかも知れないと思った。

美しいR子さんに「生きる」を私なりに感じた。

帰路、向かい風に吹かれながら 「やっと一人前・・・」  と

何だか前向きな気持ちになれたと思う。    

「やっと一人前」 ・・・・・いい言葉ですね。  

身近な人を失って、「やっと一人前」

精一杯、楽しく生きて行くよ!

すべてに感謝 🌠

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次